バブル期に買っていたかも
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カモのご一家はいつも同じ場所で見られるとは限らない。
今回は幸いにして、だいたい近い場所にいるのだが、
初見の翌日にはヒナが5羽から10羽に増えていた。
別のご一家なのかなとしげしげと観察してみて、
10羽のうち5羽のヒナは少し体が大きいことに気づいた。
カルガモではたまにあることらしいのだが、
よそのヒナが合流したのだろうか、5羽同時に?
では、そっちのお母さんはどうしたのだろう。
一部のヒナだけがはぐれてしまったのだろうか。
体の大きさがこれだけ違うと、
もともとのおチビたちはいじめられたりしないのだろうか。
さらに翌日も時間を作って見にいってきたが、
今度はヒナが6羽に減っていた。
流されたのか、ヘビに食われてしまったのか、
あるいは別のご一家に合流したのか。
いずれにせよ心配なのは、強くなるかもしれない雨だな。
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取材中にいつものぬるいコーラを飲んでいたら、
広報の女性に「似合いませんね」と笑われた。
コーラすら違和感のあるジジイになってしまったのか。
こんなところも「似合いませんね」と笑われるのだろう。
ま、ぜ~んぜん平気だけど。
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実際は人間だけじゃなくオオタカとかもいるから、
警戒はしているのだろうけど。
僕の足が下の方に見えている。
ちゃんと警戒しているのか?なめているのか?
今季もほとんどのヒヨドリは渡ってしまって寂しい。
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何度か書いたけど、初めての渡米は1977年のことだ。
大学浪人生が受験勉強をサボッてアメリカに行けるとか、
さすが円高の時代ですね~と言われたこともある。
アホか。当時のレートは1ドル240円くらいだった。
360円(~1970年)よりは円高だけど、今より円安だよ。
アメリカでは1ドル100円くらいの使いでしかなかった。
節約のため1日1食くらいしかメシ食わなかったけど、
工事現場で半年働いた資金は2ヶ月ともたなかった。
次の渡米は大学卒業の翌年だったけど、
円ドル相場はほぼ同じだった。
ちなみに大卒の初任給が12~13万円だった時代だ。
円高だから気軽に海外に行けたわけではない。
じゃあ、どうしてよく行っていたのかといえば、
行きたかったからじゃないの?
おかげで貯金もなかったけど。
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地方取材の途中で、またバスからとっさに撮った。
きったねえ写真だけど(天気のせいにしよう)、
電柱に風杯型風速計がついていた。
よほど風が強い地方なのか(海は近い)、
なにかのデータでも取っているのかなと考えたけど、
答はカラスに巣を作らせないためみたいです。
近所では見た記憶がないが、あるのかな。
風のない日を狙って、怒ったカラスに壊されそう。
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バカ値転売されていたカリオストロのフィアット500、
なぜか値引きされていたので衝動買い。
ガンプラもそういう風にならないもんかね。
ガラスサンルーフになっていたキャンバストップを
ミラノのピッコロ社に持ち込んだ想定で乱暴に開口した。
豚はガラクタ箱を漁っていたら出てきた。
サボイアS.21とセットになっていたものだが、
野郎のフィギュアには興味がないので忘れていた。
まさかこんなところにピッタリおさまるとは。
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毎年2回ずつ継続してきた東日本大地震遺児への寄付、
今期も無事に終えることができた。
フトコロ厳しいときは、本当に「無事に」って感じ。
正直、自分の中でもだいぶ記憶は薄れているが、
だからこそ「地震のときのバブっちが成人するまで」と、
たいした根拠なく自分に課した気持ちは大切にしたい。
14年ってことは、中二病ド真ん中か?いいぞお(笑)。
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パワーショベルにはいろいろなアタッチメントがつくが、
長崎駅前で見たこれはよくわからなかった。
なに? このコンクリートの塊みたいなやつ。
地面を押し固めたりするのかな。
その少し後で近所で見た、これと同じですね。
法面バケットあるいは田面バケットというものみたいだ。
どっちがどう違うのかは、よくわからんけど。
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