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2016/08/31

プレッシャースーツ

Pressure_suit_104
伊丹初遠征のあとは、なぜか小松に寄っていた。
大学生の頃には「ついで」の範囲なのかな(笑)。
そこで撮影したF-104J、拡大してまた「おおっ」と。
Pressure_suit_105
パイロットが高高度用の気密飛行服を着ている。
F-104では高度4万5千ft以上を飛行する場合に着用した。
理屈はともかく、実際に飛んでいるのは初めて見た、
・・・・ということを37年目にして初めて知った(爆)。

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2016/08/30

終活資金でマンションを買う

フィルムのデジタル化を「終活だろうな」と言い放つのは
不健康な日々をおくるオリンポスの四戸哲さんらしいが、
実は僕が最初に終活を考えたのは20代の頃のことだ。
父親が亡くなったときに葬式の費用にたまげて、
自分が死んだら自分の葬式代も出せないと焦った。
そこに鼻のきく郵便職員が積立簡易保険の勧誘にきて、
僕は無理して15年満期の保険に入ったのである。
バイクに乗って、飛行機に乗って、ジャンクフードを食って、
20代の頃は、30歳まで生きられるとは思ってなかったし。
Ryan_st3kr_1
<パイロットは無事でした。そう簡単には死なねえよ>
ちなみに満期を迎えた保険金はマンションの頭金になった。
葬式代よりは有意義な使い方だったと思う。
だから20代の皆さんも、サッサと終活をはじめるといい。
15年もしたら、新築マンションが買えるかもよ。
それまでは、殺されたって死んじゃダメだぜ。

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2016/08/29

泣けるモノクロ写真(その4)

大学で実験用の暗室を使わせてもらえるようになったので
自分で現像やプリントができるようになった。
しかし、僕はフィルム現像が下手だった(涙)。
Film_dev_miss_1_1
<初めて自分で現像してみたフィルム。哀れ>
これでサッサと挫折しなかったのだけは評価しよう。
だが、その後も数々の傑作写真(推定)が幻となった。
Oh6_023_1
<これは2回目の現像。現像ムラがポップだ(笑)>
フィルム現像には正しい手順や温度、時間管理が必要だ。
まさに僕の得意とする作業であるはずなのだが(棒読み)。
Kv107ii_007_1
<同じフィルムで助かるのもあるけど、運まかせでは・・・>
そこで絶対に失敗できないものは現像所に出したが、
現像所の並の仕上げは僕の成功した仕上げよりも悪かった。
ならば、失敗しないように練習するしかない。
F4ej_1979_022_3_1
<おお、カッコいい。4~5回目の現像、成功してよかった>
でもモノクロを使っている間は、ずっと失敗に悩まされた(涙)。

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2016/08/28

場所はわかるが、状況がわからん

昔の伊丹の撮影ポイントについて、ごもっともです。
なぜか、ちゃんと状況までわかるように撮ってあった。
Itm_suimon_001_1_1
伊丹空港の東水門ポイント。クソなフェンスのない時代。
このへんも、展望公園として整備してくれればいいのに。
Itm_suimon_002_1_1
現実は、むしろ展望デッキの環境悪化も懸念されるほど。
民営化すればよくなるかも、というのは幻想だったか。

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2016/08/27

デジタル化したフィルムはどうするか

スキャンしたフィルムは潔く捨てている、
というと、特に同業者の連中には驚かれる。
僕が持っているような家庭用のスキャナーには
フィルムが持つ情報を完全に読み取るほどの性能はない。
だからデジタル化しても、オリジナルは残すべきなのだと。
Ja9062_1
でも最近、セッセとデジタル化しているのは、
フィルムを入れておく場所がないというのが最大の理由だ。
一時はファイリングキャビネットや納戸に入りきらずに
あふれた古フィルムが段ボールに積み上げられていた。
これを解消するのが目的だから、捨てなくては意味がない。
いまは、少なくとも段ボール箱は姿を消している。
A6_429_1_1
あと残念ながら、僕の写真の多くは、
フィルム情報を最大限記録するとかいう以前ではないかと。
とりわけネガフィルムはスキャン精度を上げていっても
ただフィルムの粒子が拡大されていくだけという感じだ。
それ以上に高精度でスキャンする価値があるのやら。
しかも、保存しておいても劣化はどんどん,進行していく。
F86_bi_iruma_034_1
もちろんフィルムを捨てることには抵抗がある。
あとで後悔するかもしれない。
でも、そんなことを言い出したらきりがない。
デジカメでも昔の低画素機で撮った写真とか残念だけど
それはまあ仕方ないよねと割り切るしかないのと同じだ。
だから人に積極的に勧めるつもりはないが、ご参考まで。

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2016/08/26

応用範囲が広そうでヤバい

ドーファンといえばAS365ヘリコプターの愛称だが、
これはSA360ドーファンを双発化した進化型であるため、
区別するためにドーファン2と呼ばれることもある。
この「2」はもちろん第二形態を意味する、
とかマジで原稿に書かないように気をつけないと。
Sa360_dauphin_358_1
<第一形態>

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2016/08/25

「退色復元」の実例

Color_restore_3090_1
<処理の途中のPC画面をデジカメで撮影したもの>
Aで示した濃い緑色の部分がもともとの状態。
範囲を指定して「退色復元」をするとBのような色になる。
ところが画面中央部(C)に濁った部分が残る。
退色具合が均一ではないからだろう。けっこう多いケース。
で、どうやってこの濁りを消すかといろいろ試すわけだが、
そこまではまだ手がまわらないので放ってある。

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2016/08/24

ダメなレンズを知らなかった頃

今は誰もがレンズ性能をシビアに論評したりするけど、
また、そんな情報がネット上にあふれているけど、
昔は、少なくとも十代の頃の僕はあまり気にしなかった。
というか、まさか大手カメラメーカーが出しているレンズに
写りのよくないものがあるなんて考えたこともなかった。
そもそもレンズのチョイスもそれほど多くはなかったし、
レンズの価格差はF値の違いだろと単純に考えていた。
また昔はすべてマニュアルでピントや露出を合わせていた。
いいレンズを追求する以前に、腕を上げなくては仕方ない。
Glider_tow_918_1_1
<これって僕のせい?って、しばらく頭をかかえた>
借り物のレフレックス500mmかな。ひどい周辺光量落ち。
もちろんフィルム時代は現像するまで結果はわからない。
「絞ればいいじゃん」という人は反射式レンズを知らない。
レフレックスは絞りが固定でさらに絞れないのだ。
これは借り物だったけど、FD100-300mmは買ったかな。
「こんな便利なレンズが出たんだー」と喜んで、
「世の中に、そんなにうまい話があるはずがない」と知った。
Okdbi_125_4_1
<それと比べると現行のEF100-400は奇跡だな>
なお高いレンズなら写りもいいわけではないのでご注意。
たとえばEF24-105mmLは「L」とついているくせに駄作。
普及判の「L」なしの方がずっとよく写るけど、
造りがあまりよくないので酷使しているとガタが出てくる。
仕方ないので2本買って修理しながら交代で使っているが
間もなく新型の「L」が出るので、いちおう楽しみにしている。

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2016/08/23

千里川土手じゃないよ

Itami1979_001_1
<昔から変わらぬ伊丹の定番ショット?>
初めて伊丹空港に遠征したのは1979年4月、らしい。
大学2年になった頃で、もちろんよく覚えていない(爆)。
ただ、ネガをたどると当日の動きはだいたい想像できる。
Itami1979_002_1
<上の写真と同じ場所からこんな写真も撮れた>
伊丹には昔からの大御所マニアも多いから、
知ったようなことを書くのもおこがましいが。
Itami1979_003_1
<これを撮った歩道橋はまだあるみたい>
たぶんターミナルから歩いて千里川土手を回り、
このあたりで時間切れというか、体力切れ、か。

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2016/08/22

エドワード・マロニーさんご逝去

Mr_ed_maloney_1_1
エドワード・マロニーさんが亡くなった。
唯一のオリジナルエンジンで飛行可能な零戦を保有する
プレーンズ・オブ・フェイム航空博物館の創始者だ。
ここには飛行可能にレストアされた飛行機がたくさんある。
1機あたり数千万円から数億円以上の価値がある。
それを、なぜそんなにたくさんの集めることができたのか。
他人のフトコロはのぞきたくないが、実は石油王であるとか
大企業の社長であるとか、謎だったので聞いたことがある。
1995年の零戦来日時に、僕は飛行許可取得を担当したので
マロニーさんとものんびり世間話をさせていただけたのだ。
「昔は高くなかったんだよ。それどころか誰も価値を見いださず、
用が済んだ飛行機はどんどんスクラップにされていった。
それではいけないと、少しずつ集めていったんだ」
先見の明というよりも、飛行機が好きだという気持ち。
それがウォーバードの価値を見なおす潮流を生み出した。
僕は、そう理解している。

幸せな人生だったと信じたい。

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2016/08/21

オンとオフ

期限切れの近いマイルを消化するために訪ねたのは、
丘珠の航空ページェントだった。
夏の那覇は風向きが悪く、嘉手納にF-22はいない。
熊本を応援しようにも、ホテルがぜんぜん取れない。
だいたい予約時には梅雨明けのタイミングがわからない。
タイミングのわかる頃には特典航空券が取れない。
ならば、梅雨のない北海道は比較的安全パイといえる。
Okdah1_057_1_1
航空雑誌はもう他のカメラマンに取材を依頼していたので
僕はオマケ、バックアップ、遊軍ということになるが、
鶴丸のHAC機などストックしておきたい被写体もあった。
Ja02hc_111_1
まあ、気分的にはオフのようなものだといったら、
「オフのときまで飛行機を撮りに行くのかよ」とのご意見も。
いや、オンの撮影とオフの撮影ではぜんぜん違うでしょ。
Okdf16_391_1_1
前日は新千歳から丘珠に直行して予行を撮影した。
カメラ一式のほか2泊分の「お泊まりセット」もあったけど、
オフだからTシャツとパンツと靴下を2つずつだけ。
これがオンだと、もう少しかさばるドレスコードとなって大変。
Okdmuroya_130_1_1
本番はそこそこ早起きして行ったつもりだったのだけど、
行列の長さに早々に入場をあきらめて隣のツドームへ。
地上展示機とか会場の雰囲気とか撮れないけど、
「個人的にはぜんぜんオッケー」といえるのもオフだから。
Okdp8_054_1
しかし、このところスキャンで古い写真ばかり見ていたから
いまのカメラは楽チンでいいなーと思った。

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2016/08/20

忘れた頃に機種あてクイズ

Ten_001_1_1
これが飛行機なのかよと思うかもしれないけど、
整備中のジェット旅客機です。なんでしょうねー。

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2016/08/19

続・昔の自分の写真

スキャンしていると、ときどき僕自身の写真も出てくる。
頭の中は若い頃とたいして変わっていないつもりだが、
肌ツルツルでボンクラな顔を見ると、やはり老けたのだと思う。
いまはフリーランスの編集者である佐藤徹也さんは、
「たまに昔の自分の写真を見るのは悪いことではない」という。
山を得意とする佐藤さんは、昔の写真を見て
もう若いときのようには無理できないと自覚することが
遭難やら事故やらを防ぐことになるのではというのだ。
Bell206l_893_1
<それ以前に、なんかムカついたりするんですけど>
ヘリの後席でサボる、「まだ無敵の30歳」くらいの頃。
さらに10年くらい前と比べると、明らかにかわいげがない。

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2016/08/18

プロの仕事じゃない

昔、広告代理店から戻ってきたポジ。
ロクにチェックもしないで適当にしまっておいたが
今回スキャンするためにひっぱりだしてびっくり。
Damagefilm_3092_1
せめてこういう仕事をしたヤツに出世していてほしくない。
まあ、僕がその場でチェックしなかったのも悪いが。


・・・・

しまった、今日はブログの公開予約設定を間違えて
2編公開してしまった(爆)。

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昔の自分の写真

地元とは遠い空港で知人とバッタリ会うというのは
飛行機の写真を撮る人ならばよくあることだろう。
帰りの飛行機待ちの間に展望デッキに出たら
1年半ぶりにT村さんに会った。
Spkado737_014_1
「いま古いネガをスキャンしているんですけど、
昔のT村さんの写真もけっこう出てきましてね。
ただ、送ろうというと、あんまり喜ばない人もいまして」
「う~、私もあんまりうれしくない・・・」
昔の写真なんかいらないという理由は人それぞれだ。
あんまり詮索はしないけど、後で勝手に送っちゃおう。

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2016/08/17

赤外線写真

昔のレンズには「赤外指標」というのがついていた。
赤外線と可視光ではピント位置が変わってしまうので
それを補正するためのマークである。
そして赤外フィルムというのも、ちゃんと売っていた。
赤外線写真というと夜の公園でのぞき見とか、
そういうのを思い浮かべる人もいるかもしれないが、
飛行機マニアなら目標補足センサーの方がポピュラーか。
僕も、どんな風に写るのかと嘉手納で使ってみたことがある。
排気管あたりがボオーっと光ったりして、と思ったのである。
Mh53usaf_001_1_1
<光らなかったです>
赤外指標で補正したつもりでもピントなんか合ってないし
ぜんぜん面白くないなあと、その1本きり。
今なら、せめて厳冬の北海道の朝に試せよくらい思うけど。
そもそも、これ本当に赤外線写真になっているのだろうか。
ただの失敗した可視光写真みたいなんですけど。
Mh53usaf_002_1_1
<ほぼ同じときに撮った同じ機体の普通の写真>
まあ、いろいろ違って写ったのは確か。

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2016/08/16

節約エアロコマンダー

撮ったことすら忘れている写真には、
撮ったときと同じような驚きがあって、1粒で2度おいしい。
特に「すげー」と笑ったのは、1976年に撮影したこの写真。
Ja5231_001_1
<調布飛行場に駐機していた迷彩のエアロコマンダー>
たぶん映画か何かの撮影用に塗ったのだろう。
それだけならば特に驚かないが、まわりこんでみると、、、

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2016/08/15

人間モードラをめざした

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1978年8月に桶川で飛んだときの零戦52型。
昔のネガを見て思うのは撮影枚数が少ないこと。
フィルムが貴重だったせいもあるけど、
モータードライブを持っていなかったということもある。
Zero1978aug_002_1
マニアでモードラつけているヤツなんかいなかったし、
そもそもモードラのつくカメラはごく限られていた。
そのかわり、いかに早く巻き上げられるかを練習した。
といっても、せいぜい毎秒1コマ+がいいところかなあ。
Zero1978aug_003_1
なにしろフィルムを巻き上げるたびにカメラが揺れるから
また安定させながらピントを合わせなおしてシャッター。
下手に「連写」しようとすると、むしろ結果は悪くなった。
Zero1978aug_004_1
モードラを買ったのは、大学時代に仕事が増えてきてから。
「連写」よりも巻上げ中にもカメラが安定するのがよかった。
ただ、昔のモードラは重くてゴツかった。
単3電池10本をグリップに入れて、それを2台分。
取材旅行ではフィルムだけでなく予備電池もどっさり。
そういう時代に体力のある年齢でよかった。

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2016/08/14

ちなみに対象年齢は3歳以上

今回のゴジラはネタバレに関して
いつも以上に注意が払われているようで
ならばと僕も事前情報はできるだけ遮断していった。
ただし通販でアホなオモチャをポチる常連なので
そういうサイトが「おすすめ」として表示してしまう
変チクリンな生き物については知っていた。
まったく欲しいという気にならないひどい造形だ。
2nd_config_3093_1_1
<ならば、なぜここにある?(爆)>
まさか、こんなもんを「かわいい」と思うようになってしまうとは。


もちろん定価より高く売ってるアマゾンでは買わなかった。
アマゾンのマーケットプレイスって
いわゆる転売屋だの、偽のコピー製品を売る業者だのが多い。
最近、価格では負けることが多いようだけど
ヨドバシは今のところそういう心配がないのがいい。

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2016/08/13

魅せてくれた

F4j_wd_001_1_1
<やはり嘉手納で撮影したVMFA-212のF-4J>
他のファントムは翼なんかたたまないで行くのに
こいつだけは目の前でたたみはじめてくれた。
F4j_wd_002_1_1
<後のカットをトリミングすると、やっぱりこっちを見ている>
サービスしてくれたんだね(笑)。 

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2016/08/12

長く誤解していた?

Rf4c_001_1
<1978年、嘉手納基地で撮影した米空軍RF-4C>
面白くもなんともない写真だが、拡大してびっくり。
Rf4c_002_1_2
<えー、そうだったの?僕はずっと誤解していたのか>
焦って、いろいろな写真を拡大して確認してしまった。
どうやら、この機体だけが変チクリンだったみたいだけど、
作業員が間違えたのか、あるいは何かの冗談?

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2016/08/11

暑い夏

Hnd79jun27_008_1_1
酷暑の今月の電気代はすごそうだなとビビるけど、
エアコンはもはや家族とPCの健康には不可欠だし
国民健康保険の月々の支払額と比べたら屁でもないと
そう割り切るのが精神的に健康なのかどうかわからんけど。

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2016/08/10

逃した写真は大物だ

このところネガのスキャンが進んでいるのは、
やはり新しいスキャナーの威力が大きい。
スリーブで24カットをセットすると30分から1時間かかる。
だが、おかげで他の仕事と同時進行できるからだ。
86bi_iruma_025_3_1
まだ先は長いが、連番をつけていたネガに抜けがあったり
行方不明になっているネガも多数あることがわかってきた。
そりゃあ何十年も放っておいたのだから、いろいろあるだろう。
そこには素晴らしい傑作写真があったはずなのだがと、
とりあえずはそういうことにしておく。
作業が進めば出てくるんじゃないかと期待しているのだけど。

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2016/08/09

核攻撃専用機

Ra5_006_1_1
<キーウエストで撮影したカッコいいRA-5Cビジランティ>
日本ではついにみることができなかったので感激した
・・・・って、39年前の話ね(苦笑)。
もっぱら偵察機として使われたが、
ベースとなったモデルは核攻撃だけを想定した攻撃機。
それにしても大きな飛行機だ。
こんなものを積むのだから、空母はどんだけ大きいのか。

ちなみに、この前の「謎の記念写真」はこのへんで撮った。
その旅のなかで吉祥寺の我が家から一番遠いところだから、
という理由だったと思い出した。

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2016/08/08

ギャラクシーのメインギア

吉祥寺に住んでいた十代の頃は調布と横田がチャリ圏。
たまに入間にもチャリンコで行ったけど、
距離はともかく横田は1本道で行けて気楽だった。
戦闘機でも来ていないと、少し退屈だったけど。
C5to_009_1_1
<C-5は、ひねって格納する主脚がチャームポイント>
ちなみに横風時には左右最大20度まで
チルトさせて着陸することができるという資料も。
パイロットはどうやってコントロールしているんだろう。

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2016/08/07

日本内外航空のアイランダー

Nippon_naigai_bn2_1_1
<鹿児島空港で撮影した日本内外航空のアイランダー>
1978年9月に撮影。
日本内外航空で画像検索しても、
僕のトライランダーの写真が出てきたりして、
アイランダーの写真はまったくひっかかってこない。
これではいかんと思うので1枚公開する。
日本に確かにあった航空会社はしっかり記憶しておきたい。
あいにく僕もモノクロ写真しかないみたいだけど、
「それなら俺の方がマシ」という人が出てくるかもしれないし。
Nippon_naigai_bn2mk3_1
<ついでに調布で整備中のトライランダーも右側を追加>
C402b_ja5198_1
<それから、やはり日本内外航空のセスナ402B>
これも、やはり奄美の離島間の旅客輸送に使われていた。

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2016/08/06

イザとなったらケチらない

ドロップタンクを3本もつけたままでは、
たいした機動も期待できないかと思ったけど、よかった。
また、こういう機動にも耐えるように作られるのだから
ドロップタンクといっても馬鹿にはできない。
F153_tanks_001
昔、値段を調べたらタンク1本で車が買えるほどだった。
そんな高いもの、空中戦のたびに捨てていたら大変だ。
「本当に捨てるんですか」と取材のついでに聞いたら
「捨てます」ときっぱり。
F153_tanks_002
当時の予算を見ると1機あたり3本分の金額しかなかった。
だから実は捨てないんじゃないかと思ったのだけど・・・。

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2016/08/05

酸欠同士

Shin_san_001_1
カメラマンとスカイダイバーの共通点は
飛行機にはドアなんてない方がいいと思っているところ。
Shin_san_002_1
だって、ドアを開ける手間がはぶけるし
ドアを閉めていけといわれるのはさらに面倒だ。
Shin_san_003_1
景色だって、広々としていて気持ちいいし。
おー、すぐに見えなくなっちゃうね。
Shin_san_004_1
しめくくりは、きったねえ毛ずね(爆)。

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2016/08/04

閣僚人事にしみじみ

Type74mbt_003_1
十代の頃は自衛隊には航空祭くらいしか馴染みがなかった。
でも大学を出て自衛隊に入った友人もいるし、
自衛隊をやめてきたという友人も多い。
もちろん取材ではよくお世話になる。
そうして身近に接するようになった自衛隊の印象は、
かつて僕が想像していたのとはずいぶん違った。
「もっと右翼みたいなのばかりいるのかと思ってた」
元自衛隊パイロットの友人に「まさか」と笑われたことがある。
「そんな危ないヤツ、人物試験でハネますよ」
そりゃあそうか、なにしろ本物の武器を扱う仕事だ。
右でも左でも偏ったのはヤバいよなと納得したのも、今は昔。

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2016/08/03

暇なときには論文でも

以前、たった12人のメダリストからのヒアリングで
日本選手がドーピングしないのは武士道のおかげとか
お粗末な論文を書いた文科省の役人と早稲田の指導教授、
それを報道したNHKも含めてみんなの失笑をかったが、
結局、修士論文として通ったのだろうか。続報がないけど。
Old_classroom_1
もしそんな論文でも通るのだったら、
次のオフはプラモを作るより論文でも書く方が楽しそう。
NHK、取り上げてくれるかな(笑)。

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2016/08/02

失敗作の基準

Sr71kadena_101_1
国道58号線から見たSR-71。車輪が地面で切れた。
高校生の頃は、撮った飛行機のレジを記録していた。
そんな記録写真としては、機体が切れるのは失敗作。
でも、そういう「制約」にうんざりしてレジの記録はやめた。
記録を意識しなくなってから、ずいぶん「失敗作」が減った。
Sr71kadena_102_1
ま、なんでもいいでしょ。

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2016/08/01

高校時代と大学時代の経済力

高校時代は新聞配達をしていたが、
朝刊だけだし配布数も限られていたので収入はわずか。
フィルムが惜しいので、あまり余計な写真は撮らなかった。
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大学生になると雑誌の仕事もボチボチとするようになり
高校時代よりはだいぶ収入も増えた。
スキャンしていて、くだらない写真が増えたのでわかる。

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