2022/09/16

「光陰矢の如し」はオッサンの感性

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小牧南の三菱エプロンにF-4EJが3機並んでいる。
ずいぶん昔の写真のようだけど、2014年撮影。
わりと最近じゃん」と思った人はオッサン仲間。

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2022/08/27

ひとつの文化の破壊かも

さすがに今夏の酷暑も一段落したのか、
晴れても肌を刺す太陽の光に威力がない。
そういえばオリンピックの前には、都知事以下、
「打ち水でおもてなし」とか茶番劇をやってたっけ(笑)。
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今年も打ち水イベントのニュースがあって驚いたのは、
水不足で取水制限中だった8月3日の高松。
せっかくの風情が、どんどん悪いイメージに染まっていく。
※写真は無関係です。

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2022/08/22

不時着?したベル47

たぶん高校時代の遠足か何かのときに、
行きのバスから見えたベル47らしいヘリコプターを、
帰りのバスでは待ち構えて撮った。
黄色いから海上自衛隊の訓練機かな。
草の深さから見て場外の訓練ではなかろう。
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遠足にカメラを持って行ったのか疑問だし、
ネガにもそれっぽい写真は他にないし、
そもそもどこに行ったのかも覚えていないし、
不時着したヘリの記録もない。
このくらいなら回収/修理は問題なさそうだし、
その場合にはニュースにもならなかったのだろう。

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2022/03/23

ポケモンジェット(C-1バージョン)?

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もちろん僕自身はポケモン世代ではないが、
子供を連れて映画館に行ったりはしたので、
ある程度は知っている。これはサンダーだ(ちがう)。
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1998年6月の、第402飛行隊40周年記念塗装機。
この同じ月に、ANAの初代ポケモンジェットが就航。
ちなみにサンダーが登場する映画「ルギア爆誕」は
翌1999年7の月に公開されている。
ノストラダムスが世界の破滅を予言した月だ(笑)。

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2022/03/11

東日本大地震でも飛んだ

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民間ヘリでもリアルタイムに映像を送れるのが常識なのに、
撮ったら大急ぎで基地に戻って現像....などというのは、
ひいき目に見ても時代遅れであったと思う。
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ただ時代遅れではあっても、
大きな地震とかでは真っ先に現場の状況を精密撮影する、
そういう偵察機がいなくなったのは心細い。
つーか、後釜のRQ-4も遅れているし、
まともな偵察ポッドも作ることもできなかった。
そんなことで、防衛上は問題ないのか?

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2022/03/03

T-1退役の日

T-1が退役したのは2006年3月3日だそうだ。
「えっ、だったらもうデジタルに移行していただろ」と
退役直前に取材したときのフィルムをスキャンしながら。
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このときに取材したのは芦屋の第13飛行教育団だが、
その後も小牧の5術校や岐阜の飛実団では飛ばしていた。
そのラストフライトが、3月3日だったということらしい。

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2022/02/09

尾翼ナンバーは何のため?

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F-86時代と初期のT-2ブルーインパルスには、
垂直尾翼のポジションナンバーがなかった。
なぜナンバーをつけるようになったのかは知らない。
ない方が予備機とか柔軟に使えそうなのに。

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2021/11/27

いやらしい手つき

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資料室の展示品だったが、わざわざ出してくれた。
お触りどころか、モニョモニョといじらせてもくれた。
しばらく、その感触にうっとりした。

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2021/11/06

シンプルにマッハ2

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かつてF-104の整備をしていたという人と、
短い時間ではあるが立ち話をした。
「よくぞあのスペースに」と感嘆した話をしたら、
「でも意外に楽だったんですよ、シンプルだから」と。
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欲張って複雑な機構を入れる余裕はない。
だから、それぞれのシステムはとてもシンプル。
それでマッハ2を実現したのがF-104の真髄。
ダリル・グリネマイヤーが選んだのも当然といえる。

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2021/06/28

JG-0001

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陸上自衛隊が2機だけ導入したV-44A
1機は木更津から所沢航空発祥記念館に移って、
もう1機がこいつ、美幌航空公園で撮影。
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美幌はハング、パラ、ULPとスカイスポーツが盛んで、
僕もよく通っていたけど、最後に訪ねたのは2010年。
この機体も2016年12月に帯広駐屯地に移されたそうだ。
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移設前にはだいぶ痛んでいたようだけど、
雪の降る環境で屋外、柵なしでは無理もない、残念ながら。
その後、帯広駐屯地でどうなっているのかは知らない。

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