2016/06/07

ビーチクラフトE18の残骸

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嘘か本当か見せしめのために放置されていると聞いた。
幸い死者は出なかったそうなので、眺める方も呑気だ。
どういう状況で墜ちたのかわからんと教訓にもならないが。

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2014/12/11

熱帯の防空壕

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バンコクの新しいショッピング街の片隅にあった
日本陸軍の防空壕。
公衆便所と間違える人がいそうだけど。

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2014/03/10

掩体壕の扉は?

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<城井一号掩体壕と栄エンジンの残骸>
昔の掩体壕はまだあちこちで見ることができるが
オリジナルの前扉がついているものってあるんだろうか。
そもそも、どんな扉があったのか、なかったのかも知らない。
ないとヤバいんじゃないかとは思うのだけど。
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<現代のシェルターにはちゃんと前扉がある>

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2013/11/24

747クラシックの思い出

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かつてJALの訓練所があった跡地には
新しいビルに囲まれたシミュレーターが残されている。
そういや僕が最初に747を「操縦」したのも
この訓練所を取材したときだったように思う。
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昔はマイルを貯めても操縦させてくれたんだよね。

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2013/10/24

リトルトーキョーのスペースシャトル

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<爆発したSTSチャレンジャーの乗員を追悼する碑>
ロサンゼルスのオニズカ・ストリートにある。
この手の碑としては例外的にリアルで、色も鮮やかだ。
どうしてこんなにきれいなんだろうと思っていたら、
2年ほど前に修復されたのだそうだ。

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2013/10/20

74年前の今日

映画「風立ちぬ」にもでてきた八試特偵はやがて
九六陸攻になり、そのうちの1機は毎日新聞に払い下げられた。
それがニッポン号として世界一周飛行を行ったのだ。
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その飛行成功を祝って創建された毎日神社
飛行成功を祈って、というわけじゃなかったんだね。
例大祭の10月20日は無事に帰国した日。
鳩よけのためか、網をグルグルに巻いていた。

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2013/07/05

こわかったら、どーする?

「現地では○○さんを訪ねてください」という指示はよくある。
我ながら情けないと思いつつ、たまに聞いてしまうことがある。
「その人、こわいですか?」
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2013/05/11

飛行神社

伊丹で旅客機を撮っていたのだが、なんとも天気がパッとしない。
早々にホテルに戻ろうかと思ったが、ふと思いついて京都へ。
前から気になっていた二宮忠八さんゆかりの飛行神社を訪ねた。
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<矢印のところにちょっと見えるビルディングが飛行神社>
四国・八幡浜の斐光園のようなところを想像していたので
神社らしからぬモダンな建物にたじろいでしまった。
神頼みはしない主義だが、せっかくだから資料館を見学。
御札は買わなくとも入館料くらいは払わせていただかないと。
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内部には、予想通り「世界初のゴム動力飛行機」だとか
ライト兄弟よりも云々といった説明がたくさんあって、タメイキ。
二宮さんが生きていたら、ちゃんと間違いを正しただろうか。
歴史を直視して、正しくその業績を評価しなおすという姿勢は
決して自虐的ではないと思うのだけど。

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2013/04/12

豪勢なゲートガード

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退役した戦闘機をゲートガードとして展示する基地は多いが
タイ王立空軍士官学校ほど豪勢なのは他に知らない。
F-16Aを先頭にF-5E、F-5A、F-86Fの4機編隊。
間近には見なかったが、どれも本物のようだ。

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2013/03/07

黒崎砲台跡

太平洋戦争当時の日本海軍の戦艦名はすべていえる
そこに戦艦「土佐」の名前は入っていない。
「長門」や「陸奥」をさらに大きく改良したモデルだが
ワシントン軍縮条約によって建造途中で廃艦となったからだ。
ただし姉妹艦の「加賀」は空母として完成した。
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土佐の主砲塔のひとつは、長崎県の壱岐要塞に運ばれて
黒崎砲台として使われた。
主砲塔がどのくらいの重さなのかは知らないけれども
どのくらいバラバラにできるのかも知らないけれど
「よくぞこんなところまで運んだなあ」という高台に跡がある。
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40㎝の主砲塔ってどんなだろうというのは、
ロサンゼルス港で博物館になっている戦艦アイオワを見てから
なんとなくイメージできるようになった。
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土佐の主砲は二連装だったけど。

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