2021/11/05

会いたい、という人もいるだろう

若いころ、鹿屋基地の航空ショーを取材したあと、
初対面のご老人を鹿児島空港まで車でお送りした。
戦争中は百式司偵の偵察者だったという。
あいにくひどい渋滞で飛行機の時間には間に合わず、
空港近くのホテルまでお送りしたけど、
道すがらいろいろなお話を聞けて楽しかった。
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僕自身は翌日に知覧を訪ねるつもりだった。
予約なしで知覧あたりのホテルを捜すつもりだったが、
暗くなってからの山道のソロドライブはおっかない。
とりわけ無念な気持ちで亡くなった人の多そうなところだ。
怖くてバックミラーも見られないかもしれない。
そんな話をしたら、ご老人は「私は会いたいなあ」と。
「出てきたとしても、みんな戦友だ」
なるほどと思ったけど、ご老人を降ろしたあと、
明るい市街地で最初に見えたホテルに泊まった(笑)。
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大分では、例によって不要になった予備日を使って、
丹賀砲台跡を訪ねたことがある。
入口におじさんが1人いたきりでまったく人影はなし。
長いトンネルを1人で進み、砲台の基部に出た。
巡洋艦「伊吹」の主砲を流用した砲台だったが、
実射訓練で爆発事故が起こり、16名が亡くなった。
ため息をつきながら1人で歩き、そそくさと帰ったが、
ここにも「会えるならば会いたい」という人はいるのだろう。

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2021/06/08

人違い

ボーイング737の工場があるレントン空港に建てられた碑。
またジェプセンかよと思ったけど、人違いだった。
でも、クレイトン・スコットって誰?
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ボーイングに長く勤めたパイロットで、
ボーイング・フィールドにも最初に着陸したそうだ。
悪天候のため、まだ建設中だった滑走路に緊急着陸したが、
翌朝は5時半に、「当局にバレる前に」離陸できたという。
そんなエピソードだけでも、なんとなく好感をもてる(笑)。
2006年に101歳で亡くなって、レントン空港は
クレイトン・スコット・フィールドに改名された。
それでタクシーが行ってくれるのかどうかは知らないが。

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2021/05/17

続々々・他人の空似

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シアトルで見たガラスのゲージツ作品。

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2021/04/29

曇天の宮崎空港のすごしかた

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宮崎空港の仕事で2時間ほど自由時間を得たのだけど、
この天気では飛行機を撮っても仕方ない。
幸いに雨は降っていないので、お散歩に行くことにした。
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空港からちんたら徒歩15分ほどで「北一駐機場」に到着。
セスナ206のフロートタイプ。
機内の補強はないように見えるから「なんちゃって」かも。
エンジンカウル右側のスリットも、なんだろうね。
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寄り道しながらさらに15分歩いて、
宮崎特攻基地慰霊碑と門柱を訪問。
特攻とか思いついて実行させたヤツ、本当に許しがたいな。
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ここから空港ターミナルまで戻るのは10分ほど。
時間があるのでさらに突っ切って管制塔方面に歩くと、
津波・水害対応型救命艇というのが展示されていた。
これで25席だそうだ。
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最後に展望デッキに戻ったら掩体壕の説明板があった。
存在は知っていたけど、場所は知らなかった。
あと30分歩いたら行けたなと、
それだけの時間の余裕はあったなと思ったけど、後の祭り。
まあ、少しは次の楽しみを残しておいた方がいいでしょ。

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2021/04/03

壁掛けヒコーキ

博物館の壁には、たまにヒコーキがへばりついている。
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僕の部屋の壁にも、多くの飛行機模型が吊られている。
ただ「置く」だけでは飾る場所が足りないからだ。
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ただし僕の部屋では、すべて機首が真上を向いている。
それが、いちばん簡単に吊れるからだけど....
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う~む、横向きも悪くないかも。
でも、どうやって吊ればいいかな。

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2021/01/10

今季初見の氷

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おー、氷が張ってる。午後の日なたというのに。
買い物ついでに寄ってみた中野坂上の宝仙寺。
石臼塚というのがここにある。
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ベトナムには飛行機塚があるのだから(ちょっと違う)
石臼塚があっても不思議はない。
江戸時代には神田川の水車でそば粉をひいたが、
それが機械化により不要となりポイポイ捨てられた。
「いや、食に貢献した石臼はちゃんと供養しようよ」と、
住職さんが境内に石臼塚を立てたそうだ。

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2020/11/03

あえて飛べないように

羽立峠にある特攻兵器、神龍と回天のレプリカ。
これはリアリティーを云々するものではないだろう。
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垂直尾翼が取れてしまっていて、
頑張れば僕でも直せるだろうかと考えたけど、
あえて飛べないままの姿にしておいた方がいいと、
そういうことなのかもしれない。
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神龍に関してはほとんど資料がないが、
試験飛行を行った楢林寿一さんの手記が比較的くわしく
(月刊航空情報1980年7、8月号に掲載。
別冊航空情報「日本の航空ミレニアム」にも再掲)、
設計した頓所好勝さんについてを1冊にまとめた
「マイウイング/頓所好勝の夢」(佐野寿人著/集英社)にも
数ページの記述と写真がある。
頓所さんの設計というのは、ちょっと驚いたけれども。
戦後は、美しい固定翼ハンググライダーを作った人だ。

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2020/10/23

やはり恥ずかしい

二宮忠八さんに関しては、故郷の八幡浜のほか、
京都の飛行神社も訪ねたことがある。
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香川は何のゆかりだろうと思っていたけど、
軍隊時代にカラスを見て飛行を着想したところらしい。
看板に「世界初飛行原理着想の地」と書いてあって、
今さらタメ息も出ないけれども、やはり恥ずかしい。
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「世界初」とか「ライト兄弟よりも早く」なんていうことを、
信じているおめでたい人はWEB上でもいっぱい見られる。
Wikiもあいかわらず無責任な匿名が書いたヨタ話そのまま。
日本を世界の笑い物にする陰謀かとも思ってしまう。
「二宮忠八飛行原理着想の地」ならば変ではなかったのに。
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道の駅に「二宮忠八飛行館」が併設されているので
寄ってみたけど、またもや休館日にあたってしまった。
嫌われてしまったのかな(苦笑)。

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2020/08/02

続々・浜名湖畔のモーリス・ファルマン碑

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晴れた日中に撮ったモーリス・ファルマン水上機の碑
学生時代に撮った写真は出てきたけど記憶はあいまいで、
検索したって大正浜なんて場所は出てこないし。

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2020/07/21

神戸港第一防波堤東灯台

灯台に文字を書いたり看板を掲げたりするのは
法律で禁じられているそうだが、
これは特別に許可を得た唯一の文字つき灯台という。
「阪神淡路大地震の関係かな」と思っていたけど、
もっと昔(1964~65年)の台風の被害に対して、
長浜洸という書道家が安全を祈願して筆を執り、
1967年の開港百年記念事業として掲げたのだという。
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「書道家の字だったのか」とか
「安全祈願のやり方も人それぞれだな」とか
「灯台に文字禁止って、何ていう法律?」とか、
よくわからないことだらけなのでいろいろ調べたら、
変わった「デザイン灯台」というがけっこうあって驚いた。
種子島にはH-Ⅱロケットを模した灯台まであって、
「歓迎ふたたび」とか「たねが島」と書いてあった(爆)。

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