2020/10/11

「記録」でなくて「好き」だから

中学生の頃に、イースタン塗装のトライスターと
ハウスカラーのDC-10とコンコルド試作機がデモに来て、
その頃はカメラも羽田までの電車賃も、
そもそも空港に見に行くという発想もなかったから、
高校生になって写真を撮りはじめたときには、
ちょっと悔しくて残念な思いをした。
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その後、イースタン航空はマイアミで撮れたけど、
ハウスカラーのDC-10はついに見る機会もなく、
コンコルド試作機は博物館でしか撮っていない。
でも、そんなことをいちいち残念がっても仕方がない。
月並なトライスターも若い人は撮っていないだろうけど、
だからって撮ったということを自慢するのもアホらしい。
たまたまその時代に生きていた、というだけのことだ。
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いまは見られない飛行機の写真は貴重な記録だけど、
正直なところ、そんなのど~でもいい。
「なぜ飛行機の写真を撮るのか」といえば、
「仕事だから」というのはともかくとして、
やっぱり「好きだから」っていうのが一番だと思う。
結果的には歴史の一片にもなるかもしれないけど、
そんなのは二の次で、今の「好き」という気持ちが大事。
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たとえば十代の頃には、好きだった女の子に
「写真を撮らせて」なんてお願いもできなかったけど、
もし撮らせてもらえたとしても、記録のためじゃない。
好きだから、せめて写真に撮って眺めていたいからでしょ。
できるだけきれいに撮って、惚れぼれしていたい。
まあ、「歴史的な記録だから」って人がいてもかまわんけど、
そんな、トシとってからやっと意味が生れるような写真、
面白くないっすよ、たぶん。

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2020/10/03

よく売れていたらしい

フィルムをスキャンした画像はボロボロで膨大な量だから、
もとより全部見られるようにしようとは思っていないけど、
傷の修正とかは原稿と違って機械的な作業に近いので、
気晴らしになるわけだ。
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JALのDC-8-55F貨物機。レジは....N100JJ。
おお、Nレジの機体であったかと調べたら、
もともとはJA8015であったらしいが、
所有者がIASCOに移ったりしていてNレジ。
最後はアエロナベス・デル・ペルーでスクラップとか。
そういや、そんな航空会社の写真があったような。
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撮ったときの記憶はまるで失われてしまっているから、
スキャンしたときも「VIPでも来てたかな」と思った程度。
でもレジは元JA8015ではなくて、
どうやらJA8018のDC-8-55CFであったらしい。
来日機ではなくて売却離日機だったのか。
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とすると、こっちも怪しいNレジのサウジアDC-8-53。
やはりJAL(JAA)で使っていたJA8007だった。
で、後ろでラダーをもがれているのが初号機JA8001
「ふ~ん」と思う程度ですぐに忘れるから、
メモ替わりに「かぜたん」ネタにしておく。

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2020/09/18

グレアシールド

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近代旅客機の元祖とされるボーイング247の
ウインドシールドには下向き(?)の角度がついている。
3年後に作られた中島AT-2も似たようなカタチだ。
AT-2の形状は視界が広いうえに、雨も流れやすく、
空力的に優れているという説明を読んだことがある。
それが本当なら、もっと多くの飛行機が採用しただろうに、
ボーイングも改良型247Dは「普通のカタチ」に変えている。
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初期の247が下向きウインドシールドを採用したのは、
夜間飛行でも計器の光が反射しにくくするためだそうだ。
一方で、特に夜間の着陸時には地上の光を反射しやすく、
空気抵抗もやや大きくなる欠点があったという。
247Dでは計器の映り込みを解決できたのでカタチを変えた。
解決策は、計器板にグレアシールド(ひさし)をつけること。
そんなもの、普通についているものと思っていたけど、
同世代のDC-3を見ると、確かについてない。
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昼間の日差し対策とばかり思っていたけど、
夜の反射対策の効果もあったのか。

 

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2020/08/29

もっと撮りたかったのは

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結局、BAの747は全機退役することになった。
そういえばあんまり撮ってなかったかなと漁っていたら、
747よりも心残りな飛行機が出てきた。
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スーパーVC-10こそガッツリ撮っておきたかったけど、
羽田には迫力ある写真を狙えるポイントがなかったし、
高校時代にはまだ「レジが読める写真」が大事だった。
その制約を捨てたときの解放感はいまも忘れないけど、
初期にはレジ集めというわかりやすい目標があったから
空港通いが続いたのも事実。
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一方で冬ダイヤでA380の運航を復活する計画もあって、
これは久しぶりにいいニュースといえる。
A380を退役させてしまった航空会社に対しては、
その快適さを競争力に結びつけてほしいものだけど、
どんな飛行機も撮れるうちに撮っておくものだ。

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2020/07/31

ホノルルのカンガルー

カンタスのジャンボはいつも羽田で見ていたけど、
時間が悪くてロクに離着陸を撮った記憶がない。
で、もう引退しちゃったんですか。さようなら。
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これは去年のホノルル。いい条件で撮るチャンスだったのに、
肝心のタイミングで日がかげった(爆)。
おまけに、L1/L2ドアのまわりのPBBの跡が汚いし。
そういえばホノルルでは、1977年にも撮ったことがあった。
浪人中の初渡米は、往復ともホノルル経由のLAX線。
本土では基地の撮影などをお願いしていたので
約2カ月間、ほぼスケジュール通りに巡っていたけど、
最後のホノルル~羽田の航空券だけオープンにしていた。
「旅の終わりはハワイでのんびり」とか思っていたけど、
実際には市内に出て泊まる金すら残っていなかった。
しかも、羽田までのフライトが満席で乗れない(涙)。
翌日の便にも乗れる保証はなくて、金もなくて、
不安な気持ちと空腹のままで空港のベンチで寝た。
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翌日には、なんとか羽田行きの便に乗れることになって、
売店で生れて初めてのローストビーフサンドイッチを奮発。
その美味しさに感動して、機会あるごとに試しているけど、
あんなに美味しかったのは、その後も食ったことがない。

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2020/07/29

DC-10の誕生日

去年は747やコンコルドの初飛行から50周年だった。
DC-10トライスターは1年遅れで今年が50周年、
今日がDC-10の「誕生日」である。
ちなみにA300は747から3年遅れの1972年に初飛行。
あいかわらず華々しい時代だったようだが、そうでもない。
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1971年にアメリカは威信をかけたSSTの開発を断念。
1972年には17号でアポロ計画を中止。
1973年には第1次石油ショックがあって、
湯水のようにガソリンを燃やす時代も終わった。
また1970年にはアメリカのマスキー法が成立しており、
自動車メーカーは馬力よりも排ガス対策に追われていた。
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ボーイングの次の旅客機767の初飛行は1981年、
エアバスA310は1982年と、約10年ものブランクがある。
このブランクの期間が、僕の中学から大学時代くらいで、
大学在学中に第2次石油ショックもあって不景気だった。
バブルに続く好景気がやってくるのは、1986年末以降だ。

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2020/05/20

イギリスの747

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ヴァージンは7機の747を全機退役させたそうだ。
日本線はほぼA340だったから、
個人的にはさほど思い入れはなかったけど。
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英国航空も5機の747-400を予定より早く退役。
それでもまだ26機も残っているのか・・・。
コロナが終わるまでにさらなる退役もありうるけど、
コロナが終わるまでは撮りに行くこともできない。

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2020/04/26

インチキじゃないよ

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コンコルドの客室窓はハガキほどの大きさだが、
内側は小ささが目立たないようになっている。
「上げ底みたいでインチキくさいな」とも思うけど、
こうして窓の周囲を「えぐる」ことによって
斜めから見ても大きな視野が得られるようになる。
もし内側まで外側と同じ大きさにしたら、
筒を通して見るような感じになるだろう。

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2020/02/10

SN

全日本空輸のIATA2レターコードである「NH」は
前身の「日本ヘリコプター輸送」時代から引き継いだ、
というのは有名な話だ。
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日本では馴染みのないブリュッセル航空だが、
2レターコードは「SN」である。
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「SNかあ」と、感慨にふけるのはオッサンばかり。

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2019/11/18

ちょっと昔の羽田

いつもの羽田空港の景色のようだけど、
よく見たら、スカイマークがワイドボディ。A330?(笑)
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干支ではひと回りの亥年、「ちょっと昔」の羽田ですね。
この年の7月に787がロールアウトしていたけど、
まさか、あんなに開発が遅れるとは想像もしておらず、
D滑走路も現国際線ターミナルもまだ建設中。
写真のあとSKYの767は退役してA330はコケて、
JALもSKYも経営破綻したけど再建して、
羽田はともかく成田と関空はLCCでいっぱいになった。
「ちょっと昔」だけど、いろいろあった。

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