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2008/11/02

これって連帯責任?

値上がりを続ける株にも不動産にも縁のなかった僕が、
90年代はじめのバブル崩壊を知ったのは1本の電話だった。
神戸の某製鉄会社のパンフレットを作るための取材数日前に
制作会社の人から「延期になります」という電話を受けたのだ。
「いいですけど、どのくらいですか」と聞くと「無期延期です」と。
その日からバブルが崩壊した、という明確な日はない。
だけど僕は、その電話でバブル崩壊を完全に実感した。
まさか、それがあんなに長引くとは想像もしていなかったけど。
Chandelier08
<シンガポールで見たバブルの塔。シャンデリアという説も(笑)>

日本のバブルが崩壊したあとも、海外はわりと元気そうだった。
でも、僕にはどうして元気なのかよくわからなかった。
好況のデトロイトで「これってバブルでは?」と聞いたことがある。
バブルじゃなくて社会の構造改革が進んだおかげだといわれた。
「我々だってバブル崩壊の教訓は得ている」と自信満々だった。
うらやましかったけど、半信半疑の気持ちは否定できなかった。
同じ頃にシドニーでは「アメリカはいまバブルだよ」といわれた。
「いろいろ考えても景気がいい理由がない」のだと。
僕は経済の仕組みには疎いんだが、その方が実感に近かった。
90年代の終わり頃だったろうか。
そのあとオーストラリアもバブルっぽくなっちゃったけど(苦笑)。
Sydney072_1_1
21世紀になって日本も景気がよくなってきたという人もいたけど、
僕にはまるで実感できなかった。
だから株に手を出したこともないし、飛行機も買わなかった(笑)。
せいぜいコツコツとマンションのローン返済に励んだだけだ。
Old_new
<香港も地価上昇が猛烈だったけど、どうなったかな>

で、やっとバブルが弾けた。やっぱりな~と、あらためて納得。
問題は、その影響がバブルに踊った人ばかりでなく、
みんなに等しくふりかかってくるということかな。
まあ、前のときと同じで、地道にやっていくしかないでしょ。

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