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2008/09/09

さとごころ

十代ではじめて海外に出たのは、ちょうどいまごろの季節。
1977年9月、羽田発。あのときは、さすがに心細かった。
所持金はぎりぎりで、クレジットカードもテレホンカードもなかった。
もちろん、いざというときに頼れるような知り合いもいなかった。
それで2ヶ月近くアメリカ各地をひとりでぶらついていた。
そんなときに懐かしい日本企業の看板を見ると、
「あそこに行けば日本人に会えるんだろうか」と思った。
「いざとなったら、助けを求めて駆け込めるのだろうか」とも。
もちろん、日本人に会えるはずないよね。
SONYの看板だした電気屋とか、TOYOTAの自動車屋とかでは。
でも困ったときには、国籍に関係なく助けてくれた、とは思う。
Guangzhou767
<広州白雲国際空港のANAボーイング767>
日本の飛行機がいるところには、確実に日本人がいる。
そう思うだけで、心強く感じる人は少なくないだろう。
航空会社って、そういう仕事だ。

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